2010年2月 1日 (月)

カーテン/アガサ・クリスティー著

 「カーテン 」は、クリスティーのファンなのに、これだけは読んでいなかったポアロ最後の事件。

 近頃読みたい本が無くて、渋々手をつける決心をした。

 クリスティーは本作を大分前に書き上げていて、ポアロ最後の作品とミス・マープル最後の作品は、死後発表されるようにしまってあったらしいが、結局亡くなる前に発表している。
 読者の反応をみたい衝動にかられたのかね…。

 最後の事件は、処女作「スタイルズ荘の怪事件 」と同じスタイルズ荘で、数年後に繰り広げられる。
 既に邸の持ち主も変わり、ポアロもお年を召して、ヘイスティングスには娘もいて、この作品に登場している。

 クリスティーの描く犯人像って、現代の映画やドラマで見かける事があるけど(ゼロ時間への犯人は、あぁ現実に居そうと思った)、本作の犯人も何処かの作品に居そうである。
 単なる怨恨や、保身の為ではない動機。
やっぱりクリスティーはいいなぁ!

 今なら、何処かで観たネタだよねーと思うだろうが、根っこはココかっ!とクリスティーびいきの私としては思いたい。
 なぜ最後の事件なのか?!だけでなく、動機や解決方法も今までとは違うので、愉しめる作品。

 ところで、昨年クリスティーの未発表短編作品が発見されたのを、ご存知だろうか?!
 私は最近友人に教えて貰うまで、全然知らなかった…。

 クリスティーが時々やるのだが、短編で作っておいて、練り直して長編で発表するというパターンがある。
 今回発見されたのも、このパターンの短編だとか。
これって、本人としては人目に晒したかったのかどうか、ちょっと疑問だけど…。でも、読みたい!

春頃、出版される予定らしいので、お楽しみ~!

カーテン (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) カーテン (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
中村 能三

象は忘れない (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) ブラック・コーヒー (小説版) (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) Hallowe'en Party (Poirot) 鳩のなかの猫 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) 葬儀を終えて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

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2006年12月15日 (金)

書斎の死体 / アガサ・クリスティー 著

  小説には、 その類型によってそれぞれ使い古された文句がある。
  メロドラマでは“頭の禿げた悪玉の准男爵”がそうだし、探偵小説には“書斎の死体”がある。
  私は数年前から、“よく知られたテーマで斬新な変化のある”ものを書きたいと心ひそかに思っていた。
  そしてその為にある特定の条件を設定した。
  まず、問題の書斎はごくありふれたものでなければいけない。
  それに反して、死体はまったく奇想天外な、あっと目を見張るものでなければいけないというふうに、 条件はいろいろ考え付いたのだが、数年間はそれをノートに2、3行書き記したままになっていた。

  これは前書きにあるクリスティーの言葉の一部である。

  その後、クリスティーが滞在していたホテルで、車椅子の老人と彼に付き添う家族を目に留めた事で、この 『書斎の死体』 が完成したのだが。

  書斎に死体があるのがありきたりなパターンだとは知らなかった。
  そもそも、「書斎」を持っているのが当たり前の世界に住んでいない私にはピンとこなかったのだ。

  どのくらいありきたりかというと、日本の二時間ドラマに出てくる“赤い服と赤い帽子と、ごつい真っ黒なサングラスをした謎の女”の様なものかも、と思ってみた。

  (探偵小説ではありきたりかもしれないが、現実社会ではそのファッションセンスは、決してありきたりではない…)


  セント・メアリー・ミード村では、朝の9時前に人の家に電話をするべきではないというマナーが守られている。

  だから8時前にミス・マープルの家の電話が鳴るのは、異例なこと。

  しかも、友人のバントリー夫人からで自宅の書斎(おまけに…この家には書斎が複数ある)に、若い女の死体があるという。

  そしてミス・マープルが友達の為に捜査に乗り出す事に。


  それはさておき(?)、先日NHKのBS2で放送されていた、ポワロとミス・マープルのドラマを観ていた人は、どう思っただろうか?!

  私は正直呆れてしまった。

  あのシリーズ…原作とかなり違う!

  そりゃあ、2時間で纏めなきゃならないんだから、エピソードを削るのは致し方ないとしても、設定や登場人物の性癖まで変えてしまっていた。

  それどころか、この『書斎の死体』 に至っては、原作と犯人が違う!
 いいのか、これで!?

  とにかくやりたい放題で、同性愛カップルという古くさい目くらましや、
 犯罪者が墓穴を掘って死んでしまうはずなのに、なぜか悲劇のヒロイン化して、最後にはちゃっかり彼氏までゲットしていたり、
 原作では他人の筈が親子になっていたり、
 亭主持ちの筈が独身で別の登場人物とできちゃったり、
 偽の遺言状なんて出てきたり、
 原作では死んでいるはずの人が生きていたり、
 被害者が実は自分で殺されるつもりだった、等々。
 ほんと、枚挙に暇がない。

  あまりに原作をいじり過ぎて、辻褄があっていないような気がした。

  なんだかクリスティーの作品とは言いがたいものがあったのは私だけ?

  なによりも、ありきたりだったのは制作スタッフの能力だったかもしれない。

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2006年12月 7日 (木)

葬儀を終えて/アガサ・クリスティ 著

  『葬儀を終えて』 は、ポワロ作品の中で、かなりランキング上位(私個人の)をしめる1品。

  ポワロものといえば、有名どころは処女作「スタイルズ荘の怪事件」 「オリエント急行の殺人」 「ABC殺人事件」 「アクロイド殺し」 辺りだろうか?!
 他にも「ナイルに死す」 や「白昼の悪魔」 も映画化されているので、知られているかな。

  ただ、今あげた中には「アガサ~、そのトリックはかなり無茶!」とか「そんなに手間かけるんかいっ?!」と、 読み手次第では突っ込みたくなってしまう設定もチラホラ。

  『葬儀を終えて』は、中期の本格推理作品で、「私、これ好きー!」といえる一つ。

  「オリエント急行の殺人」や「アクロイド殺し」のように、 それまでのミステリーの定義を打ち破るというような奇抜さはないが、 言ってみれば“心地よい推理劇”。

  キーワードになる事は、必ず何処かで誰かが話している。ちゃんと読者に提示されているからフェアである。

  物語は、ある一族の家長が死亡したところ(正確には、その葬儀当日)から始まる。

 昔から仕えている忠実な執事。
 豪華なゴシック洋式の建物。
 上流階級の一族の相続争い。
  相続する親族は皆、金に行き詰まっている。

  というように、嬉しい“お約束”が目白押し♪

  ただし、これを映像化するのは難しい気がする…。
  理由は種明かしになってしまうからいえないので、そこは読んで「あぁ、なるほど」と確認してもらうしかないが…。
  20年で人はどれだけ変わるだろうか!?が、サブテーマかな。

葬儀を終えて
葬儀を終えて

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2006年8月 9日 (水)

牧師館の殺人 / アガサ・クリスティー

牧師館の殺人』 はミス・マープルの長編初登場作品(1930)。
前回紹介した 『火曜クラブ』 程ミス・マープルのイメージが固まっていなかっのか、 彼女の容姿などは事細かく設定はされていない。

牧師館の殺人』 では、 むしろミス・ マープルの行動や表情で、 どんな人物かを描写している。

例えば、セント・メアリ・ミード村での、彼女の存在は歓迎されているとは言い難く、どちらかといえば煙たがられている。

「あの人、村中で一番意地の悪いひとだわ。いつも、 どんなちっぽけなことだって、みんな知っているのよ 。 そして、一番意地の悪い憶測をするんですもの」


たいがいの場合、 それが当たっているのだけどね。 他にも、 しわくちゃのオールドミスだの、 あぁいう年寄りは、 自分が何でも知っているとおもってるだの、 随分ないわれようだ。
だからこそ、最後にミス・マープルがみんなの鼻をあかす楽しみがあるのだけど。一種のカタルシスだよね。

もっと具体的にどんな人かというと、

 ミス・ マープルは腰のまわりをぐっとつめた黒いブロケードの服を着ていた。
 胴着の前のところにメクリンレースが滝のようにあしらわれ、 手には黒いレースの指なし手袋をはめ、 雪白の髪を高々とゆいあげた上に、 黒いレースのキャップをのせている。
 ミス・ マープルはなにやら白いふわふわしたものを編んでいた。 彼女は年寄りらしいやさしそうな目で、 甥のレイモンドとその客たちを、 静かにうれしそうに眺めていた。


 と、 『火曜クラブ』 の第1話に、かなり具体的に描かれている。
以後、ミス・ マープルと言えば編み物、 というくらいセットで描写されるようになる。
この辺が「あぁ、 キャラが固まってきたのね」と思った所以。

牧師館の殺人

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2006年7月31日 (月)

火曜クラブ / アガサ・クリスティー

 『火曜クラブ』は、ミス・マープルの短篇初登場作品である。
長編では『牧師館の殺人』が先行して発表されているが、ミス・マープルの肉付けは、 この短篇を書くごとに練り上げられたんではないかなぁ、と感じる。

 内容は、ミス・マープルの甥の作家であるレイモンドを筆頭に、女流画家・元警視総監・老牧師・ 弁護士等6人が、 それぞれ “自分だけは犯人を知っている”出来事を語って、他の人達が犯人を当てるという百物語のような形式。

 そして、どの短篇も後々発表される事になる長編のプロット(原案)くさい。

 第4話の「舗道の血痕」の設定は、後の「白昼の悪魔」に近いし、第9話「四人の容疑者」は、 迷宮入り事件の容疑者にされた人々の生涯付き纏う苦痛、 という視点が「無実はさいなむ」にそっくりだ。第12話の犯人の個性は「エッジウェア卿の死」の犯人と酷似している。

 話は違うがマンガの場合、短いページでこそ、作家の力量がはかられたりする。2030Pそこそこの中に“起・承・転・結” を創る事が出来れば、 長編 (連載)で起・承・転・承・転・……結という具合に膨らませる事が可能になる。

 だから、新人賞の規定は20P前後なのである。
1話完結のつもりが、連載へと話が膨らむ事だって多々ある。

 小説もしかり…と断言は出来ないが、 クリスティーが気に入った設定を膨らませて長編にするという手法を時々使っているのは明らか。

 『火曜クラブ』の場合、第6話までを発表の後、 それ以降を加筆したと前文のクリスティーの言葉にあるので、 第6話まででミス・ マープルのキャラクターがクリスティーの頭の中に出来上がったと見ていいと思う。

 ミス・マープル好きには、たまらない短篇集だろう。何せ、一冊で彼女が13もの事件を解決してしまうのから!

火曜クラブ
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2006年6月18日 (日)

アクロイド殺し / アガサ・クリスティー 著

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  『アクロイド殺し
 1926年に出版されたアガサ・クリスティーの長編第六作目である。

  『アクロイド殺し』ほど探偵小説界で語りぐさになっている作品は、私の知るかぎり(狭っ)無い。それほど、当時の探偵小説界では賛否両論に沸いた作品なのだ。

 今ならダ・ヴィンチ・コードの論争を思い浮べれば、想像し易いのかもしれない。
 ただし、ダン・ブラウンの史実確認不足とは、質が違うが。

  1920年代が探偵小説にとって、どんな時代だったかというと、「探偵小説はこうあるべき」というパターン化がされつつあった時代        と言ったら良いだろうか?!

  説明しづらいが…、例えば推理モノの2時間ドラマ。
 これにもパターンがある。
 探偵役には助手がいて凸凹コンビで…とか、刑事は必ず一般市民にベラベラ話してくれなくては…とか、テレビ欄を見ただけで犯人の目星がつく…とか、山村紅葉がでているとか、である。
 ドラマにそのような暗黙のルールがあるのと同様、探偵小説にもお約束が存在するわけだ。
 
 読者が読み進める内に、犯人が何となく判るようにヒントをちりばめ、最後に「ほ~らっ、やっぱり!」と思えるようにする。
  読者と正々堂々と勝負する、ちょっとずれている騎士道精神が英国らしいとも言える。(かといってクリスティーが卑怯だったわけじゃ無い、と私は思う。ちゃ~んと材料は揃っている)
  「探偵小説十戒」(ロナルド・ノックス著)なんてモノがあったり、『アクロイド殺し』の否定派のS・S・ヴァン・ダインという人は「二十則」なんてモノまで作ったらしい(解説参照)。相当なご立腹ぶりである。

  21世紀を生きる私達には、作家が自ら自分の周りに線を引いて、「ココから先はいっちゃダメ」なんて事をしていたとは信じがたい。
 小説に限らず創作家は、パターンから逸脱してなんぼの商売じゃなかろうか?!なんて声が聞こえてきそうである。

 このような暗黙のルールのパターン化が推奨されていた時代に、クリスティーは『アクロイド殺しという名の爆弾を落としたのである。

 いやぁ、あっぱれ!

 肯定派のドロシィ・L・セイヤーズいわく、

 ヴァン・ダインによる批判は「巧妙に一杯くわされた時に、人がいだく自然な腹立ちを物語るに過ぎない、とは言えまいか。必要なデータは全て与えられている。」


と、反論しているとか。

  これ以上はネタばれになるので書けないが、私は気持ち良く騙された肯定派である。
 興味があったら、読んでみて賛否を下してほしい。

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2006年5月31日 (水)

スタイルズ荘の怪事件 / アガサ・クリスティー著

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 『スタイルズ荘の怪事件』は、知る人ぞ知るアガサ・クリスティーの処女作。そして、あの名探偵エルキュール・ポワロが、誕生した作品である。

 物語の舞台は、第一時世界大戦中の英国。エセックス州にある友人の(正確には友人の義母の)屋敷「スタイルズ荘」へとヘイスティングス大尉が招かれて休暇を過ごすところから始まる。

 休暇を過ごすといっても、一泊二日の週末旅行ではない。あちらの世界で「休暇」といったら一ヵ月はざらなのだ。
 そこで偶然にもベルギーから亡命してきたポワロと再会し、名探偵が捜査に乗り出すという運びである。

  ミステリー小説家としてのアガサ・クリスティーを評するのは置いといて、クリスティーが描く登場人物に関して一言。
 
 クリスティーはイケメンが嫌いらしい!
  時々、彼女の作品を読んでいると、少女漫画家の名香智子さんの作る登場人物を思わせる処がある。

  どちらも裕福な家庭出身で、舞台も比較的上流階級の世界が多い。
  ここでいう裕福とは、成り上がった金持ちという俗っぽいイメージではなく、お金はあるのが当たり前の所で育ったから、お金に執着していない方の、真性裕福である。(でも後に、クリスティーは病院の薬局で働くことに…)

  二人とも上流社会の人々をえげつなく描く!
 しかも、ろくでなしのイケメンを描くのがうまい。
そういうところが似ている。

  クリスティーの作品に容姿端麗な独身男が出てきたら、もれなくろくでなしである。
  大それた犯罪を犯すような大物ではなく、法律の網の目のあいだ辺りで、せこい犯罪をちょこちょこ犯しちゃあ警察に追われるような小物だったり、親の小切手を偽造したりする一家のはなつまみ者なのだ。

  余程イケメンが嫌いなのか、クリスティー作品に登場する容姿の好い男は、全員最低男と言っても過言ではない。
 『スタイルズ荘の怪事件』には、それらしい人物は登場しないので、ネタばれにはならないだろう。

 全体的にクリスティー作品は、アクションがあるわけでも、主人公がなぜかコートの襟を立てて、二枚目を気取る(今だにこれがカッコイイと思い込んでいるオッサンがたまにいるが)ハードボイルドでもない。  アガサ・クリスティー?フンっ、あんなの推理作家じゃない、と軽視する同業者もいるらしいが、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

 世界中にこれだけ読者がいて、今だに売れていて、新訳の改訂版までされている作家なんて他にいるんだろうか?
 いまどきの探偵物マンガやアニメ、二時間ドラマに至るまで、「あ!このトリック、クリスティーの作品にあったなぁ」と何度気付いたことか…。

 私がクリスティー好きなのは、当時の英国の生活スタイルまでも愉しめるからだ。
 今では英国でも廃れてしまったらしいお茶の時間に出されるマフィンやスコーン、イングリッシュガーデンのラベンダーやバラ、そして当時ヨーロッパで流行っていたらしい、うさんくさい占い師とか、杓子定規な退役軍人。
 当時の英国での流行りだったのか、美人といえば、エキゾチックな太陽の国の女性が多い。
 そしてモテ男ではなく、武骨だが誠実な人物には最後にご褒美をあげる。
 それがアガサ・クリスティー流である。

 エルキュール・ポワロについては、既にかなりの有名人なので、あえてここで注釈する事もないて思うので、さわりだけ。

 ポワロは風変わりな小男だった。背丈は5フィート4インチそこそこだが、物腰は実に堂々としている。頭の形はまるで卵のようで、いつも小首をかしげている。口髭は軍人風にぴんとはねあがっていた。身だしなみに驚くほど潔癖で、埃ひとつついただけでも、銃弾を受けた以上に大騒ぎしそうだった。

  あ、そうそうヘイスティングス大尉のお馬鹿っぷりも
忘れてはならない。
  シャーロック・ホームズでいうならワトソン役なのだが、ワトソン博士には遠く及ばない気がする。
  たぶん本人は及んでいると思っているだろうが…。
 
 オフィシャルサイト「クリスティー・タイム」で、料理研究家の貝谷郁子氏が、登場する料理を取り上げながら、1つ1つの作品を読んでいくエッセイも、面白い。

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2006年3月16日 (木)

パディントン発4時50分 / アガサ・クリスティー著

 四月にアガサ・クリスティーの、『パディントン発4時50分が日本版にリメイクされて、放映されるらしい。
クリスティー好きの私には、ちょっと興味のそそられる話だ。
 場所が日本なだけに、パディントンという駅名は使えないので、 タイトルは『嘘をつく死体』…。  何処かにあったような、焦点のずれているような、なんともパッとしないタイトルだけど、そんな所にまでケチを付けたくなるのが、クリスティーファン。

 原作をここで事細かには語れないが、ミス・マープルものである。
 クリスティーは、自分の祖母をモデルにした、この愛すべき老婦人をいたく気に入っていた。  インタビューでも、ポアロよりミス・マープルが好きだと言及している。

 毎回の事だけど、クリスティーはミス・マープルを殺人現場に引っ張りだすのに四苦八苦しているようだ。

 なにしろ警察手帳は持ってないし、無職なので探偵の看板もない。
 セント・メアリー・ミードという村から殆ど出たことのない、一英国市民なのだから。
 趣味は、園芸という名の下に、野鳥観察だと豪語しながらのご近所&人間観察!
市原悦子と気が合いそう。

 さて、どうやって事件と結び付けようか?という事になる。
 セント・メアリー・ミードから殆ど出た事の無い(という設定の)ミス・マープルには、沢山の甥や姪が居るのだ。

 中でも甥のレイモンド・ウェスト夫妻は、この親愛なる伯母さんを「気分転換に」「転地療養に」と、彼女をいろんな処へと引っ張りだし、そういう意味では、事件解決に一役買っている脇役だ。

 おかげでミス・マープルは、ロンドンの由緒あるホテル住まい(作品:バートラム・ホテルにて)をしたり、カリブでリゾート気分を満喫したり(作品:カリブ海の秘密)、なによ!私より出歩いているじゃない?と言いたくなる程、いつも旅行している気がする。

 今回は、ミス・マープルが殺人現場に居合わせたわけではなく、 友達のオバチャンによって持ち込まれた「殺人を目撃した」という話をもとに、 頭脳は明晰でも、老いには勝てない彼女の代わりに、ミス・マープルが若かったらこんな感じかな?と思わせる才女が、問題のお邸に乗り込む、という構成で展開していく。

 それでも話にミス・マープルを絡めなきゃ!

 という訳で、クリスティーが今回使ったのは、ちょ〜うど、偶然にも、殺人のあったらしい邸の近くの町に、以前雇っていたメイドが住んでいる、という設定である。
    う〜ん、苦しい…。

 いくらクリスティー好きでも、そこはちょっとなぁ…と、これを読んだ当初思った。
 しかし、そこをつついてしまっては、ミステリーを読めない。
 不粋だ。
 なので、目をつぶろう!

 とはいえ、ドラマの方はべつ。
 去年の暮れあたりに、NHKでポアロ物を日本版にしていた時は、伊藤四郎さん扮する赤富士鷹という本屋がポアロ役だった。クリスティー物ととらえず、伊藤四郎さんの探偵捕り物として観れば、安心して観られる二時間ドラマという感じ。

 今回(日テレ)のミス・マープルは岸恵子さんが演じる。  イメージとしては当たらずとも遠からず、かな。岸恵子さんと言えば金田一耕助シリーズ、が私の印象なのだが…。
そういえば、クリスティー作品の映画にも常連がいる。

 ミス・マープル役も演じた事のあるアンジェリカ・ランズベリー(ジェシカおばさんの事件簿)や、マギー・スミスもそうだった。

 私にはミス・マープルといえば、TVシリーズのジョーン・ヒクソンだけど、 もしも今、新たにマープル役を考えるとしたら、マギー・スミスが一番クリスティーの思い描いたミス・マープルに近いかもしれない。

 映画版ハリー・ポッターで、猫に変身できるマクゴナガル先生を演じた女優さんである。
 どぉ?
 
 ミス・マープルに自分好みの俳優を当てはめて、より具体的なイメージをしながら読める程、数多く映像化されているのも、クリスティー作品の特長といえる。

 あなたのミス・マープルは、どんな人?

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